12/5~12/9にシンガポールで開催されたTies That Bindという映画の国際共同製作のワークショップに参加してきました。これはEAVE(European Audiovisual Entrepreneurs)というヨーロッパのプロデューサーのネットワークが主催で、今年の4月にイタリアのウーディネで前半が行われ、今回が後半のワークショップでした。

このワークショップにはヨーロッパとアジアのプロデューサーが15人参加し、それぞれのプロジェクトについて脚本とファイナンスの面で議論し、さらに業界のプロから様々なアドバイスがもらえます。

今回参加した同期のプロデューサーは20代〜50代までいて、国籍も様々ですが、カンヌ、ベルリン、ヴェネツィアに作品を出品しているプロデューサーもいれば、ハリウッドに作品を売っているプロデューサーもいたりと超ハイレベルです。そんな仲間と朝から晩まで一緒に議論するだけでも創造意欲がかなり掻き立てられるのですが、アドバイザー陣もヨーロッパのトップセールスエージェントや、有名な脚本の先生や、元ヴェネツィア映画祭のディレクター等、普通では出会えないメンツばかりで、かなり刺激的でした。

僕は過去10年間一般企業でサラリーマンをしていたので、他の同年代の映画関係者に10年遅れをとってると思っていましたが、普通に映画業界に入っていたらこんな素晴らしいワークショップに参加できてなかったと思うので、遠回りした甲斐があったと今は思っています。Ties That Bindを紹介してくれたドンちゃん、推薦してくれた小野さん、本当にありがとうございます。

勉強した事がたくさんありすぎて何から書こうかと迷うのですが、まずは最後にみんなで撮った集合写真から。

Ties That Bind 2016の生徒と先生たち

Ties That Bind 2016の生徒と先生たち

なぜこの写真かというと、ここに写っているみんなが、僕が今まで活動していた小さな世界で出会った誰よりも、クリエイティブで、ビジネスセンスもあり、努力家で、映画に対する情熱を持っているからです。先月パリに行って出会った福永壮志さん、半野喜弘さん、そして今月シンガポールで再開したTies That Bindのみんなには今までの人生で一番大きな刺激をもらいました。

こうやって凄い人達と一緒にいると、不思議と人間や文化というものが今までと違った目線で見えてくるようになります。例えば、シンガポールで映画仲間と過ごした時間は鮮明に記憶に焼き付いているのですが、シンガポールという街自体には何も感じないのです。むしろ、あの高層ビル群やそこに住んでる人々がむなしく見えてきます。帰りに東京に立ち寄った時も同じ感覚を覚えました。一体この巨大な街とそこに群がる人々は何なんだろうと。

特に朝のラッシュ時に電車に乗って羽田空港に向かった時は、朝から満員電車で眠たそうにギュウギュウ詰めになって会社へ行くサラリーマン達の虚しさが今まで以上に感じました。僕自身去年までサラリーマンをやっていたので、彼らの気持ちもよく分かるのですが…

去年までの7年間、僕はキャピタリズムの象徴みたいな巨大な総合商社で働いていました。社員の原動力は「面白い映画を作りたい!」とか「うまいラーメンを作りたい!」とかではなく、プライド、競争、お金、女にモテるといった実態のよくわからない何かだったと思います。僕のいた繊維の分野は日本国内では成長していない市場なので、他社との潰し合いの世界でした。そこで競争に勝つという事は、反対に誰かが苦しんでいるという事であって、しかも他人を苦しめた挙句、社会には何の貢献もしていないという世界だったと思います。

サラリーマンである以上、競争に勝ってもそんなに給料が上がるわけでもないのに、一体何のためにみんなそんな頑張っているんだという思いはずっとありました。もしかしたら、競争に勝った後の希望よりも、競争に負けた時の恐怖心からみんな頑張っているのかも知れません。

そんな虚無感がシンガポールから帰ってきてから今まで以上に大きく感じるようになりました。日本の大多数の会社員は大学を卒業して会社に入って給料をもらって生きて行く事が常識であって現実であると信じていますが、実は真実は真逆で日本の政治や経済や会社というものがいかに実態のない空虚なものかという事に皆気づいていない事が、キャピタリズムの終焉を感じさせます。

サラリーマンの頃にはそれなりに社会人としてたくさんの事を勉強してきたと思っていましたが、世界の映画関係者や文化人に会って、今まで以上に映画を観たり本を読む時間も増えると、今まで勉強してきた事がいかに浅はかで、表面だけの空虚な世界で勘違いして生きてきたかという事が分かるようになりました。なぜなら、Ties That Bindで出会ったような本当に自分のやりたい事に真剣な人は、ちゃんと自分を理解し、ちゃんと現実に向き合っていて、真実の世界で生きているからです。

ちなみに僕のいた会社はいい会社で、そこで働いている人たちもいい人ばかりです。僕も大変お世話になりました。問題は会社じゃなくて、今の社会と日本人の心理だと思います。

シンガポールや東京だけでなく、今の世界は、特に先進国の大都市はビルや物や人には溢れていますが、実態は空っぽであり、大企業は空っぽであり、人間も空っぽであり、そこで作られる映画も空っぽになってきています。僕は邦画はあまり観ない方ですが、今年観た話題作でいうと『君の名は。』は特に空っぽでした。面白そうな出来事を並べているだけで、人間の真実を描いていない空っぽの映画だと僕は感じました。劇場で泣いている人たちを観ると、自分の感性がおかしいのかなとも思いますが…

僕自身もつい最近まで何も見えてなかったし、まだまだ見えてない事もたくさんあると思いますが、若い監督達と話していると、人間や出来事を真の意味合いでなく、表面の覆いかぶさった部分でしか見ていない感じがします。特に今の日本の20代の若者は成長しきった社会で生まれ、平和な時代に育った親に育てられ、学校や会社や社会ではルールに従う事が常識とされ、さらにチャンネル数が限られたテレビという狭い世界の影響を大きく受けて育っているので、みんなが多様性のない空っぽの人間になるのも仕方ない気がします。

そして、そんな空っぽの社会で、空っぽの観客に対して、空っぽの監督が映画を作れば、当然空っぽの映画ができてしまいます。東宝のような大企業でサラリーマンのプロデューサーが日本映画を牛耳っている限りは、日本から本当に面白い映画はなかなか生まれないかもしれません。しかも今のやり方では他の産業と同じで小さな市場での潰し合いになるだけで、将来は危ない事は目に見えています。例えば東宝がインディペンデント映画専門の子会社を作り、商業映画で儲けたお金の少しでもインディペンデント映画に投資し、新しい人材の発掘や世界の市場で戦える映画作りでもしたら将来は見えてくるかもしれません。

商業主義の考え方で映画を作ったり、評論家やメディアがヒットの要素を分析したりする考え方は、遅かれ早かれ行き詰まると思います。僕は空っぽの映画ではなく、キャラクターのしゃべっている事の本当の意味、写っている映像の本当の意味を追求する中身のある映画を作っていきたいですし、中身のある人間と付き合っていきたいです。

長々と「何が言いたいんだ!」と思われたかも知れませんが、文章を簡潔にまとめるって難しいですね!Ties That Bindでは脚本の構築の仕方、予算計画、ヨーロッパの助成金へのアプローチ、アジアの投資家へのアプローチ、セールスエージェントへの売り込み方、Netflix等のこれからのネット時代の考察等、具体的な事をたくさん勉強したので、これから書いていこうと思うのですが、一番勉強になったのはザクッとした精神論的なことでした。

もっと頑張るぞ!

harakiri films 今井太郎